from 19/04/17
別れの岐路は野菜炒め
Author: Saito Rei
今日も目が覚めた。本当に目が覚めて良かったと思う。なんで? そうだなあ。だってさっきまでとてつもなく変な夢を見ていたからかな。僕のママがブロッコリーになっちゃった夢。僕はブロッコリーが好きだけど、ママがブロッコリーになるのはちょっと嫌だな。神様ひどい。でもいっか。どうせ夢なんだから。
僕は服を着替えて下の階の降りてった。そしていつも通りに挨拶をする。
「おはよう」
「あっ、おはよう」
良かった。ママはブロッコリーになってない。ちゃんといつものままだ。でも今日はオレンジ色のエプロンをしている。いつもは緑なのにどうしたんだろう。
「ねえママ、今日のエプ」
「さあ、ご飯にしましょうか」
ママが僕の問いかけを無視した。なんか変だなあ。
今、ママの顔に何か光るものが見えた気がするけど、気のせいか。
テーブルの上を見ると食パンとジャムが置かれていた。
「今日はにんじんブレットよ」
初めて聞いた。にんじんのパンがあるなんて。
「それににんじんのジャムをつけるの」
そんなのあるの?
「あと、牛乳切らしちゃってるから今日はにんじんジュースね」
ママが冷蔵庫からオレンジ色の液体を取り出した。なんで今日はにんじんばっかなんだろう。
「なんでにんじんばっかな」
「じゃあ、いただきます」
ママは勝手に食事を始めた。
ママァァァァァァァァァァァァァァ!
心の中で叫んだけど、やっぱり聞こえないや。
「いただきます」
僕も手を合わせてパンを手に取る。ホカホカしててあったかい。焼きたてなんだ、と思った。にんじんのパンににんじんのジャムをつけて、にんじんのジュースを一口飲んだ。全部同じ味、じゃないかもしれないけど、やっぱり同じ味だ。
むしゃむしゃ。むしゃむしゃ。
「ごちそうさま」
一応全部食べた。美味しかった? うん、美味しかった。僕って素直じゃないな。本当はにんじん以外のものも食べたかったよ。
学校に行かなくちゃ。ランドセルを背負って家から出た。少し早歩きで行く。
すてんっ。
転んだ。
起き上がって後ろを見ると、にんじんの皮が落ちていた。
イリュージョン!
普通はバナナの皮だと思ったけど、まさかにんじんの皮が落ちてるとは。
学校が見えてきた。先生たちが挨拶立ち番をしている。僕は学校の門をくぐろうとした。
その時、何かが僕の方にすごい勢いで駆けてくるのが見えた。
それはなんと……。
「かずちゃん! 入っちゃダメ!」
僕のママだった。かずというのは僕の名前だ。でもママの顔はブロッコリーになっていた。オレンジ色のエプロンをつけていたからママだとわかったんだ。
「かずくん。さあ、中に入りましょ」
女の先生が僕に優しくそう言った。僕はちょっと困惑して、猛ダッシュで走ってくるママの方を見た。
「かずちゃん、行っちゃだめ! 行かないで!」
その時、僕の体に異変が起こった。からだ全体が緑色になり始めて、頭が盛り上がり出した。そう。まるでブロッコリーみたいに。
「行きましょう」
そう言って僕を連れて行こうとする先生は、ピーマンになっていた。
「うわああああああああああああああああ!」
僕は絶叫した。
「さあ、早く」
先生の声が怖い。いや、もう先生じゃなくて、ピーマンだった。でもそんなこと今はどうでもいい。
「かずちゃん、ここは任せて!」
やっとここまでたどり着いたママがピーマンを全力で殴った。
スパッ。
するとピーマンがちょうど包丁で切られたように綺麗に割れた。タネも含めて全部吸い込まれるようにして、学校の門の中に消えていった。僕は何が何だかわからなかった。でもただ一つ、これは現実でないということはわかる気がした。
ほとんど何も考える暇もなく、今度は巨大な手が空から現れた。その手はママをしっかりとつかんだ。
「ママ!」
一滴の雫が、僕の顔に降ってきた。
「幸せになって……」
それが、最後の言葉だった。
地面が傾き、僕は立っていられなくなった。ゴロゴロ転がって、ピンクの大きな入れ物の中に落ちた。臭い。生ゴミの匂いだ。外からジュージューという音が聞こえる。この音は……。
そうか、焼かれてるんだ。
ママは焼かれてる。でもママだけじゃない。学校の中にいた先生、学校の中に入っていったみんなが焼かれてるんだ。みんな、みんな、焼かれてるんだ。野菜になって。
野菜炒めだ。
こんなこと、こんなことって……。
頭の中がぐるぐる回っていた。もうどうしたらいいのか、でも自分の力ではどうもできないこともなんとなくわかっていた。もう自然に任せるしかないんだ、と諦めの気持ちが自分の中にあった。
「お前はダメ」
突然どこからか声が聞こえたと思うと、僕の体は白い地面の上に投げ出された。生ゴミの匂いはしない。何もないところだった。足に少し痛みを覚えたから見てみると、膝っこぞうから血が出ていた。
地面を見た。僕の目に映ったのは白い紙だった。いや、何かが書いてある。拾って見てみると、どうやら僕に宛てた手紙のようだった。
かずちゃんへ
この手紙をかずちゃんが読んでいる頃には、もうママはこの世にいないかもしれません。でもきっと大丈夫。かずちゃんならちゃんと生きていけるよ。だいじょうぶ。
ママたちは、上の人に食べられることがすでに決まっていました。野菜炒めにされて、上の人の口の中に放り込まれるのです。かずちゃんが起きた時にはもうそれが決まっていて、私は悲しくて悲しくて、もうどうしようもありませんでした。でもそんなところをかずちゃんに見せるわけにはいかなかったの。最後ぐらい、これまでにないぐらいの優しさを注ぎたい、そう思った。でも、やっぱりママはそこまで器用じゃなくて、頭がすごく混乱してて、もう、普通に喋るのが精一杯だった。今朝のママ、ちょっと変だったでしょ。今日のママ冷たいなって感じちゃっていたらごめんね。泣いているところも見られないように必死になって隠してたの。気持ちもいっぱいいっぱいになってたから、受け答えもちゃんとできなかった。ごめんね。最後ぐらい笑顔でお別れ、いえ、お別れなんかじゃない。だってママとかずちゃんは一緒に上の人に食べられるはずだったんだもの。でもやっぱりママはかずちゃんが死ぬことはないと思った。私とかずちゃんが変身する野菜はブロッコリーで一緒だったから、一つぐらいブロッコリーがかけたってわからないだろうって思った。だから私だけ野菜炒めの具になって、かずちゃんだけは助けてあげたかった。こんな勝手なママをどうか許してね。でもやっぱり上の人にバレちゃうといけないから、なんとかかずちゃんをにんじんに変身させられないかと思って、にんじんの入った朝ご飯ばっかり食べさせたけど、やっぱりダメだった。なんでにんじん? って思うかもしれないね。その理由は、上の人がにんじん嫌いだから。あの人は野菜炒めににんじんは入れないの。でも結局効果はなかったから、最終手段としてにんじんの皮を用意した。もちろんかずちゃんが転ぶことを想定してね。かずちゃんはいつでもドジ踏んじゃう子だったから、絶対転ぶと思ったの。小さい頃から何かにつまずいてはよく転んで、膝から血を流して泣きながら帰ってきたのをよく覚えていたから。でもそれはいいこと。いっぱい転んでそのたびに起き上がって、そうしていくうちに強くなっていくんだと思う。
上の人はすごくケチだから、生ゴミでも何かと再利用してしまうの。時には洗って食べてしまうこともあるくらい。でもさすがに上の人も人間の血がついた野菜は嫌いだったから、ママはこういう計画を立てた。かずちゃんがにんじんの皮で滑って転んで血を出せば、上の人にも食べられなくて済む。
そして今この手紙を読んでいるってことは、かずちゃんは助かったってこと。本当によかった。よかった。よかった。ママは天国からいつでもかずちゃんのこと見てるよ。
最後の最後まで生き抜いて、どうか幸せになってね。
ママより
涙が、止まらなかった。そんなのよくないよ。ちっともよくない。ママだけ死んじゃうなんて。
それから僕は、深い眠りについた。
目が覚めた。けど、ママはもういない。夢では野菜炒めで死んだけど、現実では会社のビルが火事になって、ママは逃げ遅れて、焼死体になって見つかったって警察の人が言ってた。
幸せになってね。
僕は幸せを見つける旅に出ようと思う。それが今はもういない、ママの願いなのだから。