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隠し味

Author: Saito Rei

 近所にある杏仁豆腐屋は、とてつもなく繁盛している。最近この辺りに引っ越して来たばかりの由美は、一度行ってみることにした。

「いらっしゃい」

 出迎えてくれたのはしわくちゃな顔をしたおばあちゃんだった。でも優しそうだと、なんとなく見た目や雰囲気から感じ取った。店の中は満員で、噂は本当なんだ、とつい関心してしまう。

「一人かい? 来てくれてありがとよ。でも今ちょっと席が空いてなくてなあ。すまないけど少し待っていてくれるかい?」

 由美は軽くうなずいて近くにあった椅子に腰掛けた。店の中を見渡して見ると、けっこう色々な客が来ていることがわかった。子どもからお年寄りまで、すなわち老若男女といったところだ。でも不思議なことにみんな杏仁豆腐を食べている。他のものはないのだろうか。そう疑問に思っていると、一つ席が空いた。

 その席に案内され、テーブルの上にメニューがないことに気づく。

「うちは杏仁豆腐しかおいてなくてねえ。でもほっぺたが落ちるぐらい美味しいから、楽しみにしていておくれ」

 おばあちゃんはそう言うと、ゆっくりとした足取りで奥へと引っ込んで行った。

 そんなに美味しいのだろうか。それに杏仁豆腐だけで店を経営していけるのだろうか。壁を見ると『杏仁豆腐 三百円』という札がかかっている。

「お待たせ」

 いつの間にか、おばあちゃんが立っていた。杏仁豆腐をテーブルに置いてくれる。

「ゆっくりしていっておくれ」

 おばあちゃんが去って行ったのを見届けてから、私は杏仁豆腐をスプーンですくって口に運んだ。少し変わった味だな、と思ったが、普通に美味しい杏仁豆腐だとも感じた。

 

 

 あれから二日後、由美はまた無性にあの杏仁豆腐が食べたくなった。そして食べにいく。でもまた数時間後に無性に食べたくなり、また食べにいく。病みつきになって止まらない。止まらない。止まらない。

 

  

 

 一方おばあちゃんは、調理場で杏仁豆腐を作っていた。ボールの中に入った白い液体の中に、覚せい剤を少量入れた。

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