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電話相手を間違えた

Author: Saito Rei

「もしもし」

「あっ、お忙しいところ申し訳ありません。沢田様のお宅でよろしかったでしょうか」

「ええ」

「私、株式会社フェニックスコーポレーションの林と申します。いつもお世話になっております」

「はあ……」

「沢田武様はご在宅でしょうか」

「俺ですけど」

「あっ、ありがとうございます」

「はい……それで用件は何ですか」

「ええ、実はですね、今回お電話させていただいたのは、お客様の料金未払いの件についてでして」

「料金? 何のことです?」

「えーっと、沢田様はですね、先週の四月七日の木曜日、午後十二時九分に我が社のホームページにて年間契約の動画見放題プレミアムプランご登録いただきましたようでして、料金の支払い義務が発生しております」

「ああ、あのアダルトサイトのですか」

「はい。そうでございます。それで入金期限が昨日までになっておりまして、このまま未払いの状態が続きますと延滞料金をさらに頂くことになりますが」

「あれってワンクリック詐欺じゃないの? だって動画の再生ボタン押しただけで登録完了とか出てきたじゃん」

「ご利用規約はお読みになりましたか?」

「読んでないけど」

「と申されましても、もうご登録が完了しているので……」

「いやいや、それっておかしいでしょ」

「何がです?」

「だって完全にワンクリック詐欺でしょ、これ」

「いいえ、違いますよ」

「だって俺、契約なんてしてないし」

「登録が完了した時点でもうすでに契約が成立したことになるんです」

「で、金払えって?」

「はい」

「ふーん。具体的にいくらなの」

「現在、入金期限より一日延長しているので、延滞料金を含めまして税込で五十八万四千九百円になります」

「じゃあさ、その内訳を細かく教えてよ、全部」

「お客様の場合、入会金が二十万、当サイトのご利用料金が三十万、入金期日の延滞料金が八万四千九百円になります」

「それ払わなかったらどうなるの」

「申し訳ありませんが、お客様のお宅に直接伺わせていただき、料金を徴収いたします」

「俺ん家の住所知ってんの?」

「はい」

「じゃあ言ってよ」

「はい?」

「住所知ってんでしょ? じゃあいま言ってみてって」

「それはできません」

「何で?」

「とにかく早くお金を入金しろと言っているんです」

「質問に答えろよ。って言うか何でいきなり口調変わるんだよ」

「あなたが素直にお金を払うと言わないからですよ。もしこのまま未払い状態が続いて、あなたの家に行っても料金を徴収できない場合は法的処置をとらしてもらいます。いいですね」

「よくねえよ。それより住所答えてみろって」

「それはできません」

「だから何でかって聞いてんだろ」

「知らないんですか? 最近電話の盗聴事件が相次いでいるんですよ。だから私たちの会社では、たとえお客様に対してでも電話口からの個人情報の伝達は控えさせていただいているんです」

「そんなの新聞に載ってなかったし」

「載っていましたよ。あなたの目が悪いんです」

「は?」

「『は?』じゃないですよ。なんでもいいから早く金払え!」

「いきなり怒鳴るなよ。しかも口調さらに怖くなったし」

「あんたが素直に応じないからだろうが」

「いやいや、だいたいねえ、今のその盗聴器の何たらっていうのもどうせ嘘なんだろ? ほんとは俺んちの住所なんて知らないくせに」

「うっせえな」

「それにそうやって急に口調が変わるのもおかしいんだよ。普通の会社だったら途中からそんな乱雑な対応になったりしないと思うんだけど。それにそんな風になるってことは自分たちに非があることを認めている証拠だよ」

「屁理屈はどうでもいいから金払えって言ってんだよ。マジで裁判起こすぞこら。こっちは専門の弁護士もいるんだからな」

「あ、弁護士いるの? じゃあかわってよ」

「……今は不在だ」

「あーやっぱり嘘なんだー」

「嘘じゃねえって言ってんだろ!」

「うるさいから怒鳴るなって」

「いいか。ちゃんと金払わないとほんとにひどい目にあうからな。覚悟しとけよ」

「脅しはいいけどさ。別に怖くないから」

「家族にバレてもいいんだな」

「おれ一人暮らしだし。あ、そうそう、あんた電子消費者契約法って知ってる?」

「そんなもん知るか」

「そんなことも知らないんだー。法律はちゃんと勉強しといたほうがいいよー」

「うっせえよ!」

「まあそれについてなんだけど、消費者に契約申込みの意思がなかった場合は、契約内容の確認ができる段階を踏まないと契約は成立しないんだよね。つまり、俺は契約の意思がなくて動画の再生ボタンを押して、かつ契約の確認の画面も出なかったわけだから契約は成立してないってこと」

「なに言ってるかよくわかんないんですけど」

「頭悪いな」

「お前の説明がクソなんだよ」

「だぁ、かぁ、らぁ! 俺が契約したいっていう意思がないのに、契約内容の確認画面も出さずに勝手に契約はできないってこと! もっと言うとマウスの操作ミスとかで契約内容を間違えた場合も契約は成立しないし、特定商取引法においては確認画面がない契約はそもそも禁止だし、クリックが有料の申し込みになることを伝えていないと契約は成立しないって書いてあるの!」

「詳しいな、お前」

「はいはい。褒められても全然嬉しくないし」

「うちで働かないか?」

「はぁ? なに言ってんの? どうせあんたのところは詐欺会社だろうから、給料制度だって歩合制でけっきょく全然儲からないんだろ?」

「ふん、この話はまあいい。とにかく金を払え。言いたいことはそれだけだ」

「あんたもしつこいね。普通は法律のことを話したら大体の詐欺会社はすぐに電話を切るんだけど、あんたはしぶといわ」

「それはどうも」

「それにワンクリック詐欺は普通そっちから電話をかけてはこないはずだけど。お前らも悪い意味で仕事熱心だな。よっぽど儲かってない証拠だ」

「黙れ、ぼけナス」

「なんとでも言えよ。とにかく俺は金払わないからな」

「じゃ、裁判だな」

「ご自由に」

「ほんとにいいんだな」

「あっ、じゃあこうしよ。まず警察署の生活安全課に一緒に行く。その時に契約書も持ってきてもらって、そこで警察官の立会いのもとでその契約書の真正が認められたら金を払うよ」

「大袈裟だ」

「別にいいだろ。あんたのところが正式な会社なら何も怖くないはずだ」

「ふん。そんなことできるわけねえだろう」

「やっぱり詐欺だったわけだ」

「はいはい、もう詐欺でもなんでもいいわ。じゃ」

「一応この電話録音してるからそのつもりでよろしく」

「死ね、変態野郎」

「はいはい。お前ももうこんな仕事やめとけ。人を騙しても何もいいことないから」

「うっせえな」

「まあねー」

「……最後に聞くけどよ」

「ん?」

「お前、なんの仕事してる」

「なんのって? 警察官だけど」

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