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 わたしの日常を話そうと思うわ。なんの変哲もない日常よ。だけど話を聞くときは最後まで聞くのが礼儀ってものだから、その辺をちゃんとわきまえるように。

 私は普段学校に行く前に予想するの。今日は一体どんなことが起こるんだろうって。その予想のほとんどは当たって、外れることは滅多にない。それは喜ばしいことなのかもしれないけれど、私にしてみればつまらないわ。だっていつもいつも当たってしまうんですもの。一度だけ占い師にでもなろうかしら、と思ったこともあったけど、なかなか儲かりそうにないし、あまり気が乗らないから考えるのをやめたわ。そんなわけで日々が退屈でしょうがないの。未来が見えてもそれはそれで面白くないものよ、実際。

 それでも私は予想する。もうこれはわたしにとって癖みたいになってしまっているの。いわゆる自然現象のようなものよ。朝起きたら無意識のうちに未来のことを考えてる。わたしって変なのかしら? でも、もしわたしが変だとしても、クラスにはもっと変な子がたくさんいるわ。鉛筆の削りかす集めを趣味にしている子もいるし、家でゴキブリをペットとして飼っている子だっている。その子たちと比べたら、わたしはまだマシな方じゃないかしら。まあそれは置いといて、そろそろ本題に入ることにしましょう。

 えっと、今日は何が起こるかな……。きっと担任の先生は水色のワンピースを着てくるわ。今は夏だから、きっと涼しげな格好かつ涼しげな色の服を着てくると思うの。

 まずは一つ目の予測を立てて、わたしはさっそく学校に行きます。挨拶当番の子たちの声が小さすぎて、まるで意味がないわ。そんなことは予想すらしていなかった。だってこれは予想なんかしなくてもいつも同じだから。ほんのたまにでいいから、目が醒めるような大声を出して挨拶をしてくれる子が一人でもいてくれたらいいのにって思う。

 教室に入ったわ。まだ先生は来ていないけど、何人かの子たちはもう来ています。今日の予想では……私の隣の席の裕介くんは友達と教室を走り回っているわ。でもおかしいわね。裕介くんの姿が見当たらない。あっ、いたわ。し、信じられない! 自分の席について大人しく勉強してるわ! こんなこと今まで一度もなかったのに!

「裕介くん、おはよう」

「おっす」

 裕介くんはそう言うものの、わたしの方を向くことはなく、教科書から目を離しません。

「今日はなんでそんなに勉強に熱心なの?」

「……きのう親にめっちゃ怒られちゃってさ。テストの点が酷すぎて」

「だから心を入れ替えたってわけ」

「ああ……」

「偉いじゃない」

「でも、マジだりぃ!」

 裕介くんはそう叫んで鉛筆を放り投げました。わたしは不意打ちをくらいましたがなんとかそれを避け、鉛筆の襲来から逃れました。鉛筆はわたしの横を飛んでいき、近くで窓の外を眺めていたかずみちゃんの頭に不時着しました。

「いったーい! 誰よ、鉛筆飛ばしたの!」

 鉛筆は見事かずみちゃんのお団子にした髪に突き刺さっていました。痛みを感じたということは、鉛筆は頭皮まで到達したということでしょう。裕介くんの腕力にはついつい感心してしまいます。

「おだんご星人!」

「あっ! 裕介ね、鉛筆飛ばしたの!」

「俺じゃねーよー!」

 かずみちゃんは裕介くんの言うことを信じる気などこれっぽっちもないようで、彼のへらへらした反省の色のない態度に腹を立てたようでした。当然のことながら、わたしはこんなことになるとは全然予想していません。

「はいやっっ!!」

 かずみちゃんはそう鼻息を荒げながら裕介くんめがけて消しゴムを投げました。でも彼はすばしっこいので、簡単にそれをかわしてしまいます。

「下手くそー」

 裕介くんがあかんべーをしました。

「きいいいいいいい!」

 かずみちゃんが金切り声をあげました。これは堪忍袋の尾が切れた証拠です。

「わああ! やれーやれー!」

 今度は周りで見ていた子たちが騒ぎ始めました。二人の追いかけっこが始まり、教室内はまるでお祭り騒ぎのような状態になっています。

「待ちなさいっ!」

「やーだよー!」

 かずみちゃんは真剣に追いかけていますが、なかなか裕介くんを捕まえることができません。それに加えて、二人はいろいろなものを投げ合いながら鬼ごっこをしているので、もう教室の中は荒れに荒れています。消しゴムが飛び交い、筆箱が飛び交い、チョークが飛び交い……。今、わたしの横を黒板消しが飛んでいきました。危ないので一旦教室の外へ避難します。ああ、わたしの予想はすべて外れています。

 そこへ先生がやってきました。な、なんてこと! 先生の服装はわたしの予想を見事に覆しています。黒の半袖シャツに、黄色の長ズボン。まるで踏切みたいではないですか。

 先生は教室のお祭り騒ぎを発見すると、途端に鬼のような顔になって叫びました。

「何やってるの! あなたたちは!」

 それで教室は一気に静まりかえってしまいました。

 

 

 朝の会は先生のお説教で終わってしまい、そのなんともいえないピリピリした雰囲気で1時間目の授業の開始です。

「突然ですが、今日は1時間目と4時間目の授業を入れ替えます。なので今からやるのは国語です」

 ええっ! そ、そんなこと予期してないわ!

 そう思いましたが、けっきょく1時間目は国語になってしまいました。お願いします、の挨拶を終え、私たちはみんな席に着きます。

 それからは退屈な授業の始まりです。先生が〇〇さん、ここから読んで、と言えば、当てられた子が音読を始めます。ああ、当たり前すぎて退屈だわ。そう思って先生に気づかれない程度に辺りを見回すと、奏多くんの席が空席になっていることに気づきました。今日は休みでしょうか。奏多くんはお金持ちのうちの子で、いつも名前も知らないピカピカの高級車に乗って学校に通っています。でも今まで遅刻や欠席をしたことは一回もなく、珍しいなと思ったのです。いつもなら出席をとった時にわかるのですが、今日は先生のお説教でそんな時間もなかったのです。

 と、その時でした。パラパラパラと、ヘリコプターのプロペラの音が聞こえてきたのです。近くを飛んでいるのかなと、初めのうちは軽く考えて特に気にすることもありませんでしたが、時間が経つにつれてだんだんその音が大きくなってきました。ついには本当にすぐ近くまでヘリコプターが迫ってきたような、耳を塞ぎたくなるような強烈な音になりました。みんなが、なんだなんだ、と窓の外を見ますと、そこに一機のヘリコプターが姿を現しました。スライド式の扉が開き、中からヘッドホンのようなものを耳につけた奏多くんがひょこっとこちらに姿をみせました。

「せんせー! 遅れてすみませーん!」

 プロペラ音がうるさすぎてあまり聞きとれませんでしたが、口の動きから彼はそう言ったのだと思います。先生はあっけにとられて何も言えない様子でした。

 それしてもなんということでしょう。いつもは高級車で学校に来ていた奏多くんが、今日に限ってヘリコプターで来るなんて! いや、遅れることがわかっていたからこそ、移動時間がそれほどかからないヘリコプターで来たのかもしれません。空には何時間も待たなければいけないような渋滞もありませんからね。それにしても派手な出演です。もう教室は大騒ぎ。国語の授業どころではありません。

「今からそっちに行きまーす!」

 奏多くんはきっとそう言ったのでしょう。どうするのかと思えば、空中に浮いているヘリコプターからこちらの窓枠に一枚の板をかけたのです。なんてことでしょう! 綱渡り、いや、板渡りを始めるようです!

「危ない!」

 先生がそう叫んだような気がしました。でも、もう奏多くんは板の上を渡り始めています。教室はてんやわんやの状態で、他の教室の先生たちも何事かとこちらを覗きに来たほどです。

 ただ、ヘリコプターから窓枠まではそれほど距離がなかったので、運動神経のいい奏多くんは周りをひやひやさせながらも、いとも簡単に板渡りを終えました。そのままヘリコプターは去っていき、教室の中は先ほどとはうって変わって静かな雰囲気に包まれるかと思いきや、これでもかというぐらいの喧騒に満ち満ちています。

「みんな、静かにして!」

 先生が叫びました。それからは特に奏多くんに注意することもなく、先生は疲れた顔をしてまた授業を再開したのでした。

 

 

 そのあとは特に何も起こりませんでした。いつも通りの授業、いつも通りの給食、いつも通りの掃除。何も変わりません。ただ、私の頭の中は今日起こった出来事のことでいっぱいで、他のことを予想する余裕がありませんでした。そして、そうこうしているうちに帰りの会の時間となってしまったのです。

 これまたいつも通り先生が話をしていると、とつぜん校内放送が教室に響き渡りました。

「不審者が校内に進入しました! 不審者が校内に進入しました!」

 えええええええーーーーー!!

 その放送により、再び教室は騒然としました。初めは何かの訓練かと思いましたが、放送する先生の声があまりにも必死だったため、どうやらこれは本当の出来事のようだと悟ったのです。

「みんな、落ち着いて! じっとしていなさい!」

 先生がそう叫んだときです。廊下側の窓に人影が映りました。黒っぽい服装にサングラス。マスクもしています。見た目からして不審者に間違いありません。

 すると……。

 ガラッ!!

「うおおおおおお!!」

「きゃああああああああああああ!」

 不審者が扉を乱暴に開け、教室の中に乱入してきました。手にはとても大きなナイフを持っています。

「みんな、ここは任せて!」

 先生はそう叫ぶと、なに一つためらうことなく不審者に顔面パンチを食らわせました。

「ぐえっ」

 不審者は少しだけ退きましたが、まだまだ降参しないようです。すぐに体勢をたて直すと、今度はナイフをやたらめったらに振り回しはじめました。

「全員ぶっ殺す!」

「そうはさせないわ!」

 先生は目にも止まらぬ速さでナイフを避けると、不審者に向かって豪快なパンチを連打しました。

 ダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!

 連打のスピードが速すぎて目が追いつきません。気がつけば不審者の顔から血が噴き出しています。

 先生やりすぎ!

 わたしがそう思ったのと同時に先生は攻撃をやめました。そのまま不審者は床に崩れ落ち、ぐったりとしてしまいました。みんなはその光景を見て呆然としています。きっと今の気持ちはみんな同じでしょう。先生強すぎっ! という気持ちです。

 廊下の方が騒がしくなってきました。他の先生たちが何人か駆けつけてきたようです。

「先生! お怪我はありませんか!」

「ええ。わたしは大丈夫です。それより救急車を呼んでください」

 先生はものすごく冷静な口調でそう言いました。かっこよすぎです。その瞬間、わたしは意識することもなく叫んでいました。

「先生、すごいわ!」

 それを聞いた先生は、ふっと不敵な笑みを見せてこう言いました。

「わたし、昔プロボクサーだったから」

 

 

 今日ほど刺激的だった日は他にありません。いつもこんな日が続けばいいのになと思います。あっ、でもいつもいつもこんな日だったら、奏多くんは毎日遅刻をしないといけないし、先生は毎日不審者と戦わなくてはなりません。それはあまりにも過酷なことです。やっぱりこういう日はたまにあるからいいのだと思います。

 それにしても。

 わたしが予想した今日の出来事はすべて外れてしまいました。

 でも大丈夫。よくよく考えると、本当は外れていません。

 なぜそんなことが言えるのか。

 それは、わたしは朝一番に「きょう予想したことはすべて外れる」という予想をしていたからです!

日常の裏側。

​Author: Saito Rei

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