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約束花火

Author : Kaito Sato

屋台の光越しに、手首の腕時計を見る。

 私は、小さくため息をついて、慣れない草履の足を進める。アセチレンガスのにおい、焼きそばのソースの音、色とりどりの水ヨーヨー。その中を、俯きながら歩いていった。

 巾着袋の中のスマホを取り出すのも億劫で、ただただ、賑やかさの中で迷っていた。

 今頃、佐山君はどうしてるかな?子供たちのプリントに、赤のサインペンをお見舞いしているかもしれない。ちょっと疲れて目頭を揉んでいるかもしれない。腕時計の針を見て、焦ってるかもしれない。

 そう考えながら歩いていったら、いつのまにか花火がよく見える河川敷に出ていた。まだ、花火が上がるには早い時間らしく、濃い夏夜の闇が降りていた。

 そんなところは危ないよ。そんな佐山君の声が聞こえてきそうだけど、約束をすっぽかすような人に言われたくはない。天邪鬼になった私は、空元気半分、怖さ半分で土手を下って行った。

 草のにおい、川の音、そして、真っ暗な夜。

 周りが素朴になると、自然と頭の方が忙しさを増して来る。

 

 高校生の時、佐山君と花火大会に来た。

 私は、今と同じ浴衣。佐山君は濃紺のポロシャツに、チノパンだった。二人で、屋台を冷やかしながら、花火がよく見えるスポットへ歩いていった。

 少し歩いた辺りで、佐山君は立ち止まった。

そのまま、二人で土手に腰を下ろす。 

「来年は、受験だから観に来れないね」

「だね」

 佐山君はこの時から、こんな感じだった。無口だけど、口を開けば丁寧で、柔らかな雰囲気。

「佐山君は、A大だよね?」

「うん。教育学部。詩織は?」

「S大の文学部だよ」

「そりゃ結構だね」

 何が結構なのかよく分からないけど、佐山君は基本的に人の悪口は言わない人だから、とりあえず喜んでおく。

「お、もうすぐ上がるよ」

 佐山君は、デジタル腕時計の豆電球を光らせた。

「ねえ、佐山君」

「はい?」

「お互い頑張ろうね」

「そうだね」

 その時、ドーンと重たい音がして、闇夜に大輪が開いた。

「うわぁ」

「おー」

 二人揃って、歓声を上げて空を見上げた。

 

「そんなところは危ないよ」

 聞いたような声がして、顔を上げるとオパール型の眼鏡をかけた佐山君が、呆れたような顔で私を見下ろしていた。

「遅刻だよ」

 私が指差して指摘すると、「人を指差すんじゃない」と言いつつ、「ごめんなさい」と謝った。素直なんだか、ひねくれてんだか。

「お、もうすぐ上がるよ」 

 夜光塗料付きの時計の針を見て、佐山君がのんびりと言った。

「ねえ、佐山君」

「はい?」

「これからも、よろしくね」

「はい、こちらこそ」

 その時、ドーンと重たい音がして、闇夜に今までで一番綺麗な大輪が開いた。

「うわぁ」 

「おー」

 二人揃って、あの時のように歓声を上げて空を見上げた。

 

「あのさー、詩織」

「何?」

「なんで、結婚したのにいまだに佐山君呼びなの?」

「えー、なんかもう今更変えられないよ」

「んー、なら、それも良しとするかね」

「そーしましょ」

 今日も、いい日でした。

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