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ハッピー・バレンタイン

Author: Saito Rei

 大好きな関くんにあげようと思っていたチョコ、渡しそびれちゃった。今日あげても遅くないかな。遅くないなら今すぐにでもあげたい気持ち。でもちょっとためらう気持ちがあるの。なんでかは、ひ・み・つ。きっと後でわかるよ。

 でも、関くん、私のこと好きじゃないでしょ。バレンタインデーにはたくさんのチョコもらってるの見たけど、関くんよく一緒に歩いている女の子がいるから、その子のことが好きだってことはわかってる。仲良く手を繋いで、誰にも見られてないと思っていたんだろうけど、キスしてるところも見ちゃったんだから。

 その女の子っていうのが私の妹。妹は私の一つ年下で、私と同じ学校に通っている。付き合い始めたのはいつの頃だったんだろう。でもそんなこと私にとってはどうでもいいことだね。

 最近妹は外出が多くなって、特別私はそのことに口出ししなかったけど、なんとなく二人がどこまで進んでるかってことはわかっていた。放任主義な親に注意されないことをいいことに、夜遅くにそそくさと帰ってくるのは、うちの立て付けの悪い扉の音を聞けばすぐにわかるから。

 そんなことが日常になって数日後、妹は私に相談があると持ちかけた。何かと言えば、どうやら誰かの子を身ごもったらしい。聞いたところで意味はないと思ったから、相手が誰かはわざと尋ねなかった。だって関くんに決まってるもんね。妹も自分から相手が誰なのかは言わなかった。ただ泣きながら、妊娠した、と。

 私にとっては妹の相談なんてどうでもよかった。表面では妹想いの姉を装っているけど。大好きな関くんを独り占めする妹が泣いている姿を見て、ざまあみろと思ったぐらい。私ってひどい人間かな。ふふ、そうかもしれないね。でもそれだけ関くんのこと大好きなんだよ。

 私はそんな妹に、大人には知らせずに中絶しようと提案した。今はそういうことができる産婦人科もあるって何かの本で読んだことがある。でも妹は嫌だと言った。理由を聞いても教えてくれなかった。それはそうだよね。自分と同じで大好きな関くんの赤ちゃん、殺したくないもんね。

 それでも私は説得した。そんな学生の身分で出産してどうするの? 赤ちゃんが生まれたら親や先生にももちろんバレるし、そんなまだお金もまともに稼げない身じゃ、人間を育てることなんてできない。それでも妹は首を振るばかりで中絶には断固反対だった。親や先生にバレても自分の子を産みたい、と。まったくどこまでバカなんだろう。この能なし、能なし、能なし! 心の中で罵倒して、妹との話し合いは平行線をたどったまま終わり、後日に持ち越されることになった。

 ところで関くん、あなた……本当は私のこと好きなんじゃないの? ……って、そんなことないか。男は好意を持つ女性に対していじったりいじめたりすることがあるって、図書館で読んだ本に書いてあった。関くんはよく私にちょっかいをかけるし、時には私の傷つくことも言う。だから本当は私のことを好きなんじゃないかと思ったの。でも、そんなに現実は甘くないよね。

 妹は関くんの子どもを授かってから学校を休むようになった。話し合いも続いてはいたけど結局平行線をたどったままで、いつまでたっても結論に至らない。もう、なんかどうでもいいな……と考えていたころ、関くんがうちにやってきた。もちろん私に会いにきたわけじゃなく、妹の様子を伺いに、だ。でももう妹はだいぶ病んでいて、かなり人間不信に陥っていた。彼に会いたくないっていうから、妹の状態を適当に伝えておいて、すぐに帰ってもうのが常だった。

 でもね関くん、私そろそろ限界。あなたのこと好きだけど、日に日に酷くなる嫌がらせ、妹へのしつこい訪問。好きなんだけど、本当に好きなんだけど、心のどこかであなたのことを嫌ってる。そんな自分が嫌で、バレンタインデーにチョコを渡そうと思った。いや、本当の理由は違うところにあるのかもしれない。いずれにしても、バレンタインデーにチョコを渡すという行為は、その人に好意をもっているという証明になるんだと私なりに考えていた。だから自分でスーパーに行って、板チョコを三枚買って、手間暇かけて生チョコを作った。たったの四個しかないけど、他の子にもたくさんもらっていたから足りるよね。

 結局バレンタインデー当日には、私のある感情が邪魔をしてチョコを渡せなかったから、今日ようやく彼の家のポストに入れてきた。もう食べてくれたかな。きっと今頃、おいしい、おいしいって子どものようにはしゃいで、嬉しすぎて倒れちゃったんじゃないかな。

 

 明日の朝のニュース、楽しみにしてるね。

 

 

 

 

                      ※※

 

 

自分の気持ちに正直になれなかった俺は、とうとう本当のことを彼女に打ち明けた。違う人が好きだから別れてくれ、と。彼女とはキスもしたし、手を繋いで一緒に学校から帰ったりもした。でも肉体関係を結ぶところまではいかなかった。お互いに何だか気恥ずかしかったし、タイミング的にも難しかった。それでも俺たちは付き合っていた。でもやっぱり心のどこかで違和感を覚えていて、ある時ふと、自分が本当に好きな人は別のところにいることに気づいた。

別れ際に本当に好きな人の名前を告げられれば、きっと彼女は特別なショックを受けるだろう。執拗にその人の名前を聞かれたのに答えなかったのは、そんな理由があるからだ。

好きだからついいじめてしまう。しかも日を増すごとにそれは酷くなっていった。そして後になってからいつも後悔を覚え、その人のうちへ様子を見にいった。もちろん、その人のことが心配だからではなく、前に付き合っていた人が学校を休んでいるのを知って、そちらの様子を見にきたという口実で。

今日、誰からかはわからないがチョコが届いた。でも俺にとってバレンタインデーの日はそれが当たり前で、特別不審にも思わなかった。

 

そのチョコを食べてから数時間。何だか気分が悪い。

 

 

 

 

                      ※

 

 

関くん、私のあげたチョコ、ちゃんと食べてくれたんだね。ありがとう。ヒ素を混ぜておいたから、ポストに投函するのにはちょっと勇気がいった。チョコの数が四個だけっていうのも、なんとなく死んでほしいなって思ったから。でもこの前妹がふと漏らしたんだけど、どうやら妹の妊娠した原因は関くんにあるのではなく、私のクラスの担任にあるみたい。どういう経緯か詳しくは知らないけど、妹がスマホに録音していたやってる最中の音声から、この男の声は担任だとわかった。関くんとの肉体関係はないって、だいぶ病んだ口調で狂ったように叫んでいたけど本当かな。まあ、もう妹も人生に悲観したからか自殺しちゃってこの世にいないし、関くんも障害が残ってうまく喋ることも書くこともできなくなっちゃったみたいだから、真実はわからないね。どちらにしてもどうでもいいことだけど。

でもやってる時の音声を録音されるなんて、うちの担任どんだけバカなんだろう。早速その音声と、妹と担任の関係を綴った手紙を新聞社に送っておいたし、担任の給食にヒ素も混ぜておいた。今頃病院にいるんじゃないかな。

ふふ、人が苦しむのって楽しいね。

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